建築設計: 株式会社 申建築設計事務所 赤間 太一
内装デザイン・サイクル関連アドバイス: 骨パンダ設計事務所 玉崎 修平
運営事業者: 有限会社 竹由 竹内 照悦
(聞き手:ポケット・クリエイション)
「サイクリストの悩みを解消しつつ、共用部も個室も、どちらもあきらめないシェアハウスをつくりたかった」
戸建て住宅からシェアハウスへ方向転換
―― 今日は、サイクリスト向けシェアハウス「ベロハウス(Velo House)」にかける想いをお聞きしたく、皆さんにお集まりいただきました。ベロハウスが竣工したのは2014年春ですが、どういう経緯でプランニングが進んだのか、教えてください。
竹内
私ども有限会社 竹由は、中野区野方を中心に保有している不動産を運営・管理することが事業の柱です。このプロジェクトがスタートした当時は、ここに古いアパートが建っていて、それを取り壊して、戸建て住宅を2戸、建設したらどうかと思っていました。そこで、お世話になっていた申建築設計事務所の赤間さんに相談したところ、「シェアハウスはどうか?」という提案があったんです。
―― シェアハウスを提案した理由は?
赤間
当時は、東日本大震災の影響で、シェアハウスが見直されていた時期だったんですね。「隣人の顔もよくわからないし、もちろん会話もない」という集合住宅より、「日常のコミュニケーションが自然に生まれるシェアハウスに暮らしたい」という考えが注目されてきた時期でした。
しかし、一方で、当時建てられていたシェアハウスのなかには、既存の建物を細かく区切っただけのような違法建築もありましたし、採算優先でとても快適とは言えない物件も多く、さまざまな問題が生じていました。
だから、建築家としては、「安かろう・悪かろう」「安全性・快適性が犠牲になっている」というようなシェアハウス像が定着してしまう前に、合法的で、共用部も居室(個室)も、どちらもゆとりがあり、快適なシェアハウスができないか?と考えていた時期だったんです。
―― 赤間さんからシェアハウスを提案された竹内さんは?
竹内
正直、想定外でした(笑)。でも、いろいろ調べて検討した結果、面白そうだな、と。ただ、事業を運営する立場としては、ひとつ明確なコンセプトが欲しかったので、みんなで意見交換をした結果、「自転車」「サイクリスト向け」というコンセプトが浮かんできたんです。当時、サイクリスト向けのシェアハウスは、関東ではベロハウス以外に1、2軒くらいで、ほとんどなかったと思います。
サイクリストが苦労する、駐輪スペースやメンテナンススペースの問題を解消したい!
―― どのようなことを「サイクリスト向けシェアハウス」というコンセプトに注ぎ込もうと思ったのですか?
赤間
当時は、やはり3.11の影響で自転車が見直されて、自転車通勤や遠出にも自転車を使う方が増えていました。ところが、一般的な集合住宅に住んでいて自転車にのめりこんだ人は、駐輪場やメンテナンスのスペースに苦労するんです。私自身もマンションに住んで自転車通勤をしていたので実感しています(笑)
―― たしかにちょっと「高級な」というか、「こだわった自転車」を所有している方は、駐輪場やメンテナンススペースに苦労されていますね。
赤間
そうですね。私の場合は、サイクリング初心者でしたから、メンテナンスというより駐輪場でしたね。住んでいたマンションには屋外駐輪場はあったんですが、やはりそこそこの自転車だと錆びや盗難も心配ですから、自宅のある2階まで自転車を担いで上がっていたんです。でも、他の入居者とすれ違うときに、嫌な顔をされることも結構多かったんですよ。
―― 内装デザインの玉崎さんは、一日に2~300kmも走る本格的なサイクリストで、ベロハウスご入居者様からの相談に応える「自転車コンシェルジュ」でもありますが、メンテナンスについてはいかがですか?
玉崎
人によりますが、やはり1~2週間に1回はチェーンのオイルをふき取って、塗りなおしたり、汚れたらその都度、洗車しますね。こだわっている人は、パーツの付け替えなどもありますから、メンテナンススペースはもちろん、そこに水道、排水、工具が揃っていることもとても重要ですね。
駐輪スペースでご入居者様同士のコミュニケーションを促進する「ガレージ+リビング」という発想
―― 駐輪スペース問題について、ベロハウスではどのようにクリアしたのですか?
赤間
駐輪スペースについては、当然、屋内。でも、単なる「駐輪場」では面白くないので、「ガレージとリビングが一体化した空間」をどのようにつくりあげるか?ということをまず考えました。ご入居者様のバイクが並んでいて、それを見ながらコミュニケーションが弾む、というような空間作りですね。そこで、壁にバイクハンガー(壁掛け駐輪システム)を取り付けようということになりました。
玉崎
これはオランダ製のもので、かなりしっかりしたものです。1人あたり2台、合計14台分セットしてあります。3台以上バイクをお持ちの方は、自室に持ち込んでいただくという想定ですね。
ただ単に鉄のバイクハンガーが並んでいるだけだと、どうしても無機質な感じになるので、知人のイラストレータに大樹をイメージしたイラストを描いてもらい、ハンガーの壁に配置しました。バイクがオブジェのように引き立つように描かれているので、ソファからの眺めをより一層楽しんでいただけると思います。
竹内
部屋の中に自転車を置いて、ちょっと窮屈な生活をしていた方がご覧になると、思わず「おおぉ~!」と声が出てしまいますね(笑)。いろんな個性的なバイクが並んでいるのは壮観ですし、自転車好きにはたまらないと思います。
水道、下水を完備した広々とした前面テラスで思い思いのメンテナンスを
―― サイクリストは、洗車やメンテナンスに苦労する、というお話でしたが、その点はどのように解消されたのですか?
赤間
いくらスペースがあったとしても、そこに水道や下水がなければ、部屋からバケツで水を汲んで、さらにそれを持って捨てに行く、ということになります。そこで、ベロハウスのエントランス前のテラスには水道、下水を完備しました。前面道路との間にはブロック塀がありますから、水しぶきが飛び散ってしまって通行人に迷惑をかけるということもありません。スペースとしてもかなり広いので、週末などは複数の方が同時にメンテナンスすることも可能です。
玉崎
基本的な工具やバイクを固定するスタンドもそろえてあるので、あとはご自分で必要な洗剤などをつかってメンテナンスしていただいています。
初心者だと「メンテナンスのやり方がよくわからない」という方が多いですが、ご入居者様同士が教えあったりしてコミュニケーションを深めていただけたらいいですね。もちろん、自転車コンシェルジュである私に相談していただければ、なんでもお答えいたします!
ナチュラル感ただよう空間で、ゆとりある快適な毎日を!
―― さて、ベロハウス(Velo House)に始めて入ったときの印象は「落ち着く空間だな」ということでした。なにか意図されたところは?
赤間
実は、このガレージとリビングが一体化したコモンリビングという空間も、最初は、コンクリート打放しの床面で考えていたんですが、リビングは飲食を楽しむ場でもありますから、やはり土埃が舞うような環境は好ましくないだろう、と。そこで、床材を木に変更したいと竹内さんに相談したら、「せこいこといわないで、いい材料を使ってください!」と言ってくれたので、チークの無垢材をリビングの隅々にまで遠慮なく使わせていただきました(笑)。
竹内
チークの無垢材は見た目もいいんですが、肌触りもとてもいい質感ですよね。それが「落ち着く」という印象につながっているのではないかと思います。
玉崎
テーブルやソファは、組み立て式、可動式のものをデザインしました。パーティやイベントを行うときには、簡単に移動できますから、スペースの自由度が広がります。
赤間
照明は、向きを変えられる蛍光灯やダウンライトを組み合わせています。これも、これからの使い方次第で加減ができるように設計してあります。
竹内
リビングでは、ロングライドの疲れとか、日常の仕事の疲れを癒していただきながら、自転車談義で盛り上がってもらいたいですね。ご入居者様のご要望なども取り入れながら、より快適な空間に育てていけたらと思っています。
広々としたオリジナルキッチンで、「身体のメンテナンス」と「食の楽しみ」を!
―― リビング横のキッチンですが、素敵ですよね!
赤間
私は料理が趣味なので、キッチンはかなりこだわりました(笑)。それはともかく、本気で走っているサイクリストは、身体のメンテナンスや食生活にも気を配りますから、不自由なく自炊できるキッチンはとても大事な要素だと思います。
―― 最近は料理男子も増えていますしね。
赤間
そうですね。それから、パーティもできますしね。みんなでワイワイ作って、にぎやかに食べてもらえたらいいな、と。だから、狭くて、ただお湯を沸かして、ちょっと肉を炒めて、あとはレンジでチンして・・・というようなキッチンには絶対にしたくなかったですね。複数の人が同時に三ツ口コンロやグリルを使って、快適に料理ができるようなキッチンにしたい、ということで、オリジナルキッチンになりました!
竹内
もちろん、大型の冷蔵庫や電子レンジなども完備しています。「ベロハウスに暮らすようになってから、料理の腕前もあがった!」と言っていただけたらいいですね。
ナラの無垢材、高い天井・・・。大人がゆったりと過ごせるプライベート空間
―― さて、ご入居者様の居室もゆとりがあって、こちらにも木がふんだんに使われていて落ち着きますね。
赤間
居室は一階に1戸と、二階に6戸、全7戸です。二階の6戸にはロフトがありますから天井も高く、採光もきっちり確保されています。床にはナラの木の無垢材を使用しています。ロフトも、作りつけのデスクやイスも木ですから、ナチュラル感があふれた空間になっていると思います。
―― 今、一部屋がモデルルームになっているので、より生活イメージがしやすいですね。
竹内
シェアハウスの居室はワンルームが多いと思うんですが、それだとベッドを置いたら生活スペースがほとんどなくなりますよね。ロフトがあれば、下のスペースに自転車を持ち込むこともできます。造り付けのデスクやクローゼットもあるので、ライフスタイルに合わせた使い方を楽しんでいただけると思います。
赤間
大人が普通に快適に生活できる広さを確保できたシェアハウス、というのが特長のひとつだと思いますね。さらに、私は「ライフスタイル・コンシェルジュ」ということで、ご入居の皆さんがなにか生活上の相談やご希望があれば対応しています。
―― 居室にこれだけゆとりがあって、贅沢なキッチンで料理を楽しんで、個性的なバイクを眺めながら自転車談義に花を咲かせる・・・。想像しただけで楽しそうですね。
竹内
もし一般的な賃貸住宅でこうした解放感ある暮らしをしたいと思ったら、相当な家賃になってしまいます。サイクリストのために一からデザインされたシェアハウスならではの空間ができたと思っています。
ご入居者様と一緒に「サイクリスト・コミュニティ」を育てていきたい
―― ベロハウスとしては、どのあたりのレベルのサイクリストをご入居者として想定しているんですか?
竹内
いわゆるママチャリレベルというか、自転車というものをあまり意識しないで使っている方ではなくて、自転車をいじるのが好きとか、通勤で使っているとか、週末はちょっと遠乗りを楽しむという方、さらには、本格的なサイクリストといった方々に、まず見ていただきたいですね。
玉崎
自転車というのは、ライフスタイルとして様々な段階というか、楽しみ方がありますよね。趣味でもあるし、生活をサポートする交通手段でもあると思うので、こういう風に使っている人じゃなきゃダメだとか、そういう事は特にないですが、一言でいうと「自転車を愛している大人」とか「自転車を相棒のように大切にしている方」というところですね。
赤間
もちろん、これから自転車を始めたいという方もぜひぜひ!という感じです。「よし、これから自転車通勤はじめるぞ!でも、雨の日はぬれたくないな・・・」と思っている方、ベロハウスなら野方駅まで徒歩5分ですから、使い分けができますよ。
そういう方でも、いずれ本格的なサイクリストの体験談を聞いているうちに、「よし、俺もレースに出てみよう!」ということにレベルアップしたりできれば、とてもすばらしいと思います。
竹内
実は、ベロハウス(Velo House) をつくることになって、赤間さんや玉崎さんから自転車の話をきいているうちに、私も、父(70代)も自転車に関心を持つようになって、そこそこの自転車を買って楽しんでいます(笑)。ご入居者様と一緒に自転車好きのコミュニティを育てて、発展させられたらいいなと思っている今日この頃です。
赤間
自転車好きのコミュニティと言っても、あまり体育会系っぽくなってほしくないですが(笑)。自転車を愛している人同士が集まって、情報交換して、イベントを企画したり、一緒にロングロードに出たり・・・。「自転車を通して人生が豊かになった!そのきっかけがベロハウス(Velo House)だった!」と言っていただけるようなシェアハウスになるよう、これからも私たちがバックアップしていきたいと思います。